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天気予報

近ごろ、天気が気まぐれに変わる。
仕事中は窓を向いて座っているので、雲行きが怪しくなる度に
「空が真っ黒!」とか、「雨が降ってきた!」と実況中継しつつ、
あわてふためくのだが、後ろの席の同僚は「天気予報で言ってた」と、いたってクール。

またある日。帰ろうとしたら大雨が降っている。
「忘れ物の置き傘」を物色し、良さそうなもの(骨が折れていないもの)を探していると、
「天気予報で降るって言ってたよね」と、カバンから折りたたみ傘を出した同僚たちが
スマートに帰っていく。

そして先日。
週に1回のスクール通いで、駅から走っていたら(遅刻しそうだった)、同じクラスの人と会った。
「今日、午後は雨降るんだってね」と彼女は言い、手に傘を持っていた。
「えっ?知らなかった…。天気予報、見ないので」と言ったら、
「まあ、大胆ね…」と。

どうやら、世の中の人は毎朝、「天気予報」を見てから家を出るらしいです。
天気予報を欠かさず見るという習慣が、わたしにはない。
朝、玄関を出て、空を見上げ「降りそうかも」と思ったら、
折りたたみ傘を持っていくという原始的な生活…。

で、いろいろ考察してみました。
人生が行き当たりばったりなのは、こういうことが原因なのではないかと。
「事前の準備」というものが、まるでできていない。
目標に向かって、逆算しつつ今を生きるということも苦手。

学生の時、毎日のように遅刻していて、「なぜ、みんなは定時に学校に着けるのか?」と
不思議でならず、友人に聞いてみたら「なんでって言われても…。決まった時間に電車に乗れば着く」と言われ、目からウロコが落ちたことを思い出します。

「時刻表」というものの役割をその時、初めて知ったのです。
それまでは、自分が駅に着いた時に、
たまたま来た電車に乗っていたので、学校に着く時間もまちまち。
自分が電車に合わせる。という発想がまったくなかったのだ。

決まった時間に電車に乗る。というのはかなりのハードルで、
努力はしているけれど、乗れないことの方が多い。
フレックスな職場を選んで良かったけれど、定時に電車に乗れるようになったら、
人生が劇的に変わるような気がしています。

「規則正しい生活」。それは、憧れであり、奇跡の毎日。

定刻に起き、定刻に家を出て、定刻の電車に乗り、定刻に会社に着く。
そして、定刻に退社し、定刻に人と会う。
定刻に帰宅し、定刻にお風呂に入り、定刻に就寝。

社会人なら、このような生活を送るのが一般的なのかも知れないけれど、
やっぱりとても奇跡的なことに思えてしまう。
だが、不思議がっていないで、反省し、見習うべきだ。

ここまで書いて、今朝も天気予報を見てないことに気づく。
帰宅時に雨が降らないことを天に祈るばかり…。
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